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推定人口について

歴史・地理学者は、文献や遺跡の面積、それぞれの時代の生産性から都市人口を推定している。古代・中世の人口統計は残っている方がまれであり、その信頼性も低い。

以下1850年頃までに100万人以上の都市域人口を有していたと推定されている都市に関し、二人の学者のピーク時推定人口を列挙する。史料が乏しい場合の推定人口の誤差は大きく、しばしば桁すら変わってしまう。
アジアは、伝統的に大都市が多い。これは、ベースとしての地域人口が多いからである。

単位面積当たりの収量が多い稲作が、大人口を支えてきた。漢書によると紀元2年の人口調査で長安には80,800戸246,200人の人口がいたとされており、戸籍に残らなかった人口を含めて40万人程度の人口を抱えていたと推定される。以降、中国では唐代の長安、北宋?金代の開封、南宋?元代の杭州(銭塘)、明代の南京、元代以降の北京などが、人口100万人を超える大都市であったと推定されている。日本においても、平城京や平安京、平泉、鎌倉などが10万人以上の人口を有していたと推定されている。

中世末期(日本においては近世とも呼ばれる)頃には、江戸が人口100万人を超え、当時の世界においては北京やイスタンブルと並ぶ最大規模の都市であった。

近代以降、アジアにおける人口爆発は大都市の急成長を促す事になる。
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明治維新以後、東京市は成長を続けて20世紀初頭には百万人規模の都市になっていた。なお、当時は大阪も東京に匹敵する規模を持っており、関東大震災後には一時的に大阪は東京を上回る規模になった。

第二次世界大戦の戦災で人口が減った東京は、戦後復興の中で再び成長した。現在では、東京は、「都市」として見た場合には約800万人の規模であるが、「都市圏」として見た場合には3,000万人とも言われる人口を抱える規模になっている。 20世紀後半には、工業化の進んだ国だけではなく、途上国でも都市人口が急増した。より良い雇用や教育の機会を求めて、地方から過密都市に多量の人口が流入した。中華人民共和国、インド、パキスタンなどの大人口国家においては、名目で1千万人を超える巨大都市を初めとして、大都市が首都以外に幾つも生まれている。

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2009年06月29日 17:03に投稿されたエントリーのページです。

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